人間の手がまだ触れない/ロバート・シェクリイ

人間の手がまだ触れない (ハヤカワ文庫SF)

人間の手がまだ触れない (ハヤカワ文庫SF)

 
 どうやら「SF不条理作家」と呼ばれているらしい*1が、その名に恥じぬ突拍子もない設定の話が13篇。基本的には冒頭から変な設定が明かされ(そしてそんなシチュエーションに対する大した説明もなされぬまま)、登場人物たちはトラブルに巻き込まれて翻弄されるというのが筋である。
 
 ところが、話の落としどころはどれも「理」に適った綺麗な着地が出揃う。設定の不条理さとは対照的ですらあり、ただ奇を衒い書き散らしているだけという印象は皆無。非常に理性的な作品集なのである。
 
 また、本書において人間と異形者(異星人や悪魔)というコントラストが頻繁に使われており、双方の「異なる価値観がぶつかることで感得される何か」というテーマが繰り返し用いられているのも特徴と言える。ときにはヒューマニズム(必ずしも人間だけのものではないが)を賛美し、ときには愚かさや暴力性をコミカルに描きつつ警鐘をならすことであらゆる営みの二面性を描写しているのである。表題作の文中に「かれらの肉はわれわれの毒」(P167)という台詞があるが、まさに暗示的である。
 
 ならば、収録作品中大多数の作品の非常に綺麗な落ち方は納得できよう。ある価値観に支配されるとき、それとは真逆の価値観が狼煙を上げるように立ち現れる。すなわち、本書の作品には不条理としか思えない状況にこそ理性は際立つという共通の姿勢が少なからずあるのだ。ならば、物語の最後には美醜を問わず人間のもう一つの断片が語られなければならない。それでいて決して説教臭くならないのも魅力の一つだったりする。
 
 あらすじや設定だけを追うと難解なようだが、実は上記のような解かりやすい構造を持つ上に、抑制的な筆致もあって非常に読みやすい。新装版は字も大きいことだし。というわけで帯の文句に偽りなし。誰しもが安心して楽しめるエンターテイメントに仕上がっている。

*1:解説参照。