夜歩く/ディクスン・カー

夜歩く (創元推理文庫 118-14)

夜歩く (創元推理文庫 118-14)


カーの実質的処女作。探偵は初期作品のシリーズキャラ、アンリ・バンコラン。


英国好きで知られるカーの処女作の舞台が、なぜかフランスの首都パリであった。これは非常に興味深い。
中期作品に見られるファースもなければ、ユーモアあふれるイギリス的登場人物もでてこない。それどころか描かれているのは「退廃したパリ」であり、陰惨な悪意だ。ボードレールの詩をイメージしていただければ良い。
カーが初期作において実践しようとしたのはマルクス兄弟でもチェスタトンでもなく、ポーであったのではないだろうか。
探偵小説の出現が都市の出現とそこに住む人間の退廃に拠るものであるという点において、この作品とポーは漸近しているように感じられる。
そうなると、バンコランの造型や筆記者ジェフの存在なども見逃してはならない点であると思う。


カーの初期作品が怪奇趣味と謳われるが、それはすでにポーが提示していた探偵小説の道筋であって、黄金期の過程(クイーンやヴァン・ダインのように都会の華やかさを描いた作家群)で埋もれてしまったものではなかったのだろうか。決してカーは突然変異的に生まれた怪奇趣味作家ではないと思う。


あと、トリックはちょっと…。