メルサスの少年/菅浩江

メルサスの少年―「螺旋の街」の物語 (徳間デュアル文庫)

メルサスの少年―「螺旋の街」の物語 (徳間デュアル文庫)


2001年に徳間デュアル文庫でめでたく復刊。初刊は1991年。星雲賞受賞。


少年の内面の成長を追う物語なのだが、まるでその比喩であるかのように閉塞した娼街を出ることなく物語は進行する。冒険を通じて成長していく物語が「未知への意識」による成長であるならば、この作品は対照的に「既知への自覚」によって成長していく。これは大人になる過程(人によって定義は違いそうだが)に絶対不可欠なものであるので、丹念に描写されている本作は思春期の少年少女の共感を喚起するに十分である。


しかし、興味深かったのはそんなところではなかったりする。
『メルサスの少年』に登場する遊女達はみなキメラ(作品設定において厳密には違うのだが便宜的にこう呼ぶ)である。これを退廃的かつ美しいものとして設定しているのに、躊躇を覚える読者は多いだろう。しかし、菅の筆力で読み終える頃にはこの「異形であるゆえの官能」に魅了されている。
本来キメラは人間の一般的美的感覚の規範からは大きく外れたものである。グロテスクであるからだ。しかし、規範を排除すればこれを美しいと感じてしまう。人間的な存在ではないための「生物本能的な部分」の美しさである。見た目だけならグロテスクな出産シーンを神々しく感じてしまうあたりの心理に近いのだろうか。以上のことから、この作品は規範を取り除いた生命の純粋な美しさというのも重要なテーマになっている気がする。奇しくも、主人公の「それまでの価値観からの脱却」がテーマとして設定されていることと、読者心理がシンクロしていて面白い。


追記:余談だが、TVゲーム『ルドラの秘宝』で熱狂的信者を持つ女神が昆虫とのキメラであったことが思い出される。