不安な産声/土屋隆夫

不安な産声[新装版] (光文社文庫)

不安な産声[新装版] (光文社文庫)


週刊文春「傑作ミステリー・ベスト10」89年度第1位。


千草シリーズのラストを飾るのは、とある医大教授の強姦殺人事件。長編初の倒序もの。


土屋の「疑わしき我が子の出自」テーマはとうとう最新医療と結びつき、変奏する。もはや探偵小説とリアリズムの融合などどうでもよく、このテーマのためだけに奏でられた作品だ。いや、別にミステリーとしての出来も悪くないんだけど。


以下ネタバレ。
面白いのは構成。例えば東野圭吾『悪意』は逮捕→偽の動機→真実の動機という動機隠蔽テーマの傑作だが、この作品は真実の動機(前半)→偽の動機→真実の動機(後半)という、あえてサプライズを殺した構成をとっている。『悪意』と同じ構成ならば偽の動機テーマの傑作になっていたにもかかわらず。


この理由は推測だが、犯人の慟哭を際立たせたいからなんじゃないかと思う。だから千草シリーズ最終作なのに、千草はせいぜい100ページくらいしか出てこない。この作品の主役は明かに千草ではなく、犯人だ。つーか犯人の内面描写を延々とやるというのは、隠蔽VS暴露を基調としてきた土屋ミステリでは極めて異例。このあたり土屋が老衰を覚悟していた事実(実際それから10年以上たった今でも壮健だが)と照らし合わせると面白いかも。


電話のトリックはいつもの土屋。30年前と何ら変わらない(良い意味でも悪い意味でも)。精子注入トリックはすでに島荘が『占星術〜』でやったものだが、土屋の方が必然性とか様々な点で優位。さすが土屋。エロトリックなら島荘すら凌駕か。
あと、「殺す相手間違えた」という真相はしょぼい。「結婚を妨害するために父親がレイプ殺人の汚名をかぶる」とかの方がしっくりくる。そうじゃないとレイプを付与した根拠が薄弱。いくら試験管ベビーだからといって実の娘をレイプ殺人に見せかけるなよ。


この作品で千草も引退かと思うと何か物悲しい。