華やかな喪服/土屋隆夫

華やかな喪服 (光文社文庫)

華やかな喪服 (光文社文庫)


今回は誘拐サスペンス。私は土屋隆夫をバリエーションの少ない作家だと勝手に思っていたが、良く読むと後期になるにつれて多彩な小説を書くようになってくるということがわかる。
バリエーションが少ないと感じた原因はたったひとつ。
土屋の本格ミステリを書くことへの飽くなき情熱と平成のご時世になってもいまだ古臭さ残る文章力ゆえだ。
昭和中期にはすでに土屋作品はトリック、プロット、文章力ともに本格ミステリとして完成されている。
だから、平成に突入して書かれた近作も下手すれば初期作品のように思えてしまう。
つまり、土屋の作品は近作ですら古典のように感じる。これは欠点のように見えるが、美点でもある。古き良き叙情性が生きているからだ。この作品もそんな中の一つ。


この作品は誘拐物でありながら、実は核は恋愛小説という作品だ。そして男女の恋愛観念はあきらかに昭和中期のものであり、とても平成に発表された作品とは思えない。読者はいわゆる「古典」に触れたとき以上にとまどう。
例えば、横溝正史の『本陣連続殺人事件』の動機なんかは、古臭いと思いながらも、あれは「古典」だからとわりきって読むから楽しい。しかし、この作品は古臭いのに「古典」だからというわりきりはできない。
だからといって読者が土屋作品に向けるのは憐憫でも嘲笑でもない。懐旧とか郷愁とかそういった類のものだ。実際、読むとそうなのだから仕方がない。
作品に時代性を求める行為、それ自体は悪くないと思う。しかしそれは、時代性を無視した作品を排斥する理由にはならない。


さて、作品内容だが、悲しいことにネタ自体はすぐにわれる。ちょっとしたミスディレクションも張っているが、これはあまり上手くないのであまり作用していない。ミステリーとしては凡作。
しかし、ヒロインと謎の男の恋愛パートは大変上手い。土屋節炸裂。


ちなみに土屋作品の男女はいつも同じ構図である。
女…悪い男の被害者。
男…その女を守れない後悔と復讐。