被害者を捜せ/パット・マガー

被害者を捜せ! (創元推理文庫 (164‐2))

被害者を捜せ! (創元推理文庫 (164‐2))


マガーの処女作。


戦地に居ながらにして、本土の殺人を想う。マガーは当然兵役などこなしておらず、こういう着想を用いてもすらっとユーモアを交えた話にしてしまうのは女性ならではと言うべきか。戦争中の暇つぶしに推理ゲームなんて発想は間違っても日本ではでてこない。ちなみに発表は1946年なので、戦争は終わっている。


のちに同様の設定を用いた『七人のおば』にも共通しているが、主人公(=回想者)は徹頭徹尾「安全なポジション」に位置する。事件関係者達が激しく人間模様を交錯させ憎み合っているというのに、主人公はノホホンとしている。なぜなら、主人公は『被害者〜』の組織の中でも『七人〜』の家族の中でも一番かよわい立場にあるからだ。責任を問われないということは、裏を返せば核心に迫らせてもらえないということ。


「安全なポジション」から裏事情を覗くという行為が持つ一種独特の満足と物足りなさ。これがマガー作品の面白さの本質といえるのではないか。裏事情を知りたい、けど深入りしたくない、しかし深入りしなければもっと詳しい裏を知る事ができない。終始「安全なポジション」にいたことによって、また現場に不在であったことによって溜まったフラストレーションは解決部で浄化される。


ならばこの2作品の推理が、遠く離れた異国の地で行われ、それを保証するものが乏しいというラストも納得できる。主人公(同様に読者)のカタルシスを得る事が前提であるために、真相を知らないという物足りなさを満たしうる推理であれば証拠に立脚していなくてもなんでも良いわけである。

特異なコンセプトだけが取り上げられた感があるマガーだが、読者とゴシップとの距離感という点でも優れていると私は思う。