メルニボネの皇子/マイケル・ムアコック


エルリック・サーガの第1冊目。『キマイラの新しい城』を理解するために読んだので、記念に一冊くらい感想を書いておく。


陰気で自意識過剰でマゾ体質。主人公エルリックのこのキャラクターが作品の全てだ。
悲劇が主人公の内面を規定していくのではなく、主人公の内面が悲劇を紡いでいく。「この時こうしていれば」、「アイツのトドメさえさしておけば」といった後悔が、物語をより壮大かつ悲惨にしていく。リアルにこんな奴いたらどうしようもない。
しかし、読者はその物語の広がりを楽しむことさえできる。もどかしさや苛立ちと共に、「あー、この先どうなるんだろうなあ」という好奇心も呼び起こされる。しかも年代記先にありきという設定らしいので、なおさら気になる。


つまり、こんなアンチヒーロー創造した時点でムアコックの勝利だ。


第1巻(にかぎらず全ての巻でだが)はこれでもかというほどの密度で話が進行していく。とある小国とそこの皇子→異国の侵略戦争→臣下の反逆→復讐→また臣下の反逆→復讐の旅→魔剣の探索→対決といった流れがわずか250ページ。
そのイベント各々がエルリックのうじうじによって引き起こされる。
卑屈野郎は小説の中で読むだけなら楽しい。そんな事を思った読書体験。


追記:2巻の訳者後書きにあるように、エルリックの挿絵は海外では化け物のものばかりらしい。ところが、日本では天野が美形の白子なんてイメージを流布させてしまった。エルリックのイメージの受容は本場と日本で随分違うんだろうなあというのも興味深い話。