遊星よりの昆虫軍X/ジョン・スラデック

遊星よりの昆虫軍X (ハヤカワ文庫SF)

遊星よりの昆虫軍X (ハヤカワ文庫SF)


1989年。


スラデックといえばB級作家の王様というイメージが強い。パロディや膨大な雑学、パズル好きといった属性が要素要素を過剰にし、またそういう所が読者の目につきやすいために、肯定的な意味でのB級作家を拝命してしまった。それは余技活動の本格ミステリ『黒い霊気』、『見えないグリーン』でも見られたが、SFである本書も例に漏れない。


実をいうとこの作品、ストーリーらしいストーリーなどほとんど無い。ワイドスクリーン・コミック(この呼び名からしてもはやパロディ)と形容されるほどのギャグの奔流が淡々と主人公の日常を狂わせていくのを追うだけ。フィナーレに至るまで何かの冗談だと思うようなギャグ尽くしなので、とっつきにくい読者もいるかもしれない。


しかし、確かにギャグの奔流をただただ笑うだけという楽しみ方もあるのだが(実際、スラデックらしい捻くれた、それでいて計算されているギャグは面白い)、その奔流から浮かび上がるシリアスなテーゼも素晴らしく、内容はハードなのにさらりと語られている。例えばROBOT→TOBOR(綴りを逆転)→To be or(生きるか死ぬか)といった言葉遊びもさらりと流されてはいるが、ラストのある結末を示唆しているかのような重大な哲学が隠されている。


ギャグなのか、シリアスなのかどうも掴みにくい作家だが、どちらの面も超一流なので、どう読んでも楽しめる。SFでしか知らない人にはサッカレイ・フィンシリーズを読んで欲しいし、ミステリでしか知らない人には本書を読んで欲しい。


追記:アシモフのロボットシリーズを読んでいる人にはなおお薦め。