海を見る人/小林泰三

海を見る人 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

海を見る人 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)


さて、困った。私はハードSFがどちらかというと苦手である。
思いっきり印象論だけで言わせてもらうと、科学的知識に乏しい私にはあの重苦しい論理展開とそれに伴う雰囲気がどうにもたまらなく、ラストでカタルシスが訪れる頃にはすっかり疲弊してしまうからだ。ようするに、私がヘタレなんですね。


ところが、この『海を見る人』は非常に心地よく読めた。短編集であることもあるのだが、最も大きな理由の一つにハードSFの理論をファンタジーでコーティングしているからだろう。だから、厳密に考えて読まなくても、「何となく」読めてしまうわけで、この「何となく」感が特筆すべき長所の一つだと思う。


もちろん、ハードSFの理論をしっかり理解することで立ち現われるカタルシスが無いと言っているわけではない。おそらく集中、最も難解かと思われるのは「天獄と地国」だが、この作品の世界を成立させている理論を理解したときに読者が感じる驚愕は物凄い。初読時にどうしても完全に理解できず、答えをカンニングした私ですらカタルシスを得ることができたのだから。


この作品集のテーマは、「世界を成立させている理論に対面した時に、人間が感じる割り切れなさや揺らぎ」。あまりにも性急な理屈を、人間は感情で処理できないというのを丹念に描いている。表題作なんかは純愛を扱っていてモロだが、「独裁者の掟」における使命感であったり、「天獄と地国」における希望とそれに対する不信であったり、手を替え品を替え読者に迫りくる。世界に直面するということは、自身を問うことであると。


また、小林の演出も心憎い。
例えば、「時計の中のレンズ」の地の文で「外交官」が「紅いローブの女」に変貌するあたりは、作品自体に練りこみ不足の感が否めずとも、さりげなく心を掴んで離さない。
「門」のオチが早々に解かってしまい、少し興醒めしてしまった読者がエピローグの最後の一行を読んだ時の衝撃も凄い。
プロットの少し弱い部分をカバーできる筆力がある作家だ。


あとがきでアーサー・C・クラークが引用されているが、ようは感じ方の問題。だから少年少女視点の話が多いんでしょうね。それだけを抽出してしまえば冷徹な論理も、魔法のように暖かく感じる事が出きれば…。このわずかな「ポジティブさ」がひたすら気持ちの良い作品だった。