陽だまりの迷宮/青井夏海

陽だまりの迷宮 (ハルキ文庫)

陽だまりの迷宮 (ハルキ文庫)


『陽だまりの迷宮』はすぐれた本格ミステリであると同時に、家族小説でもある。
今時珍しい、大家族を描いた作品だ。
しかし、『陽だまりの迷宮』における家族は、私達がTV番組で摂取しているような大家族ではなく、ましてや昭和初期におけるような大家族でもない。


この作品の家族は、両親とそれぞれの連れ子8人、後から生まれた3人の計13人で構成されている。
普段TVのドキュメンタリーで大家族を観ている読者は、慌しい家事や兄弟の喧嘩を想像し、さぞにぎやかでスラップスティックなドラマが展開するのだろうと待ち構える。
すると、そのような読者の構えをすっと解いてしまうのが本作である。


親兄弟はそれぞれの生活圏を死守し、生活の為にわずかに顔を合わせるだけ。お互いに家の外では何をやっているのかも把握していない。
ましてや、この小説の視点人物である主人公は最年少の小学生なので、年長の兄弟との接触などほとんどないという状態だ。
ゆえに、現代的な家族の解体を描いた作品なのだろうかと思ってしまう。


しかし、その認識も最後まで読んだ人間は改めざるをえない。
『陽だまりの迷宮』における謎解きは、全て家族のディスコミュニケーションから派生している。兄弟の知らない一面、あるいは隠している秘密が奇妙な謎となって現われる。
その謎が解けた瞬間、主人公は悟る。秘密や嘘は悪意だけから生じるものではなく、善意から生じることもあるという真実。


つまり、『陽だまりの迷宮』の一家は、何も互いに無関心なわけではない。それぞれが大切なものを抱いており、それを守るために家族と距離を置いている。相手を尊重するための距離感なのである。


だからやはり『陽だまりの迷宮』は家族小説だ。家族の解体を描いているわけではなく、逆説的に信頼関係が成り立っているということを描いている。


小説の主題から生まれる本格ミステリである必然性、という意味では青井の作品の中では群を抜いている。ゲーム探偵小説とは違った、新本格の新たな可能性である。
エピローグのある謎に対する解釈にやや強引さを感じるものの、総じてクオリティの高い短篇集だった。