聖なる怪物/ドナルド・E・ウェストレイク
- 作者: ドナルド・E.ウェストレイク,木村二郎
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2005/01/07
- メディア: 文庫
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1989年発表。
特筆すべきはリーダビリティの圧倒的な高さ。「おれ」ことジャック・パインの視点で語られる現在パート、ジャックが過去を回想する「フラッシュバック」パート、インタビュアーがジャックの不審を見守る「幕間」パートの3つが交互に目まぐるしく切り替わる本作だが、各パートのつなぎが非常に上手い。
ジャックの現在パートで過去の出来事を暗示するような呟きがオーバーラップし、その出来事が詳しく記述される。その出来事の顛末が語られると、ジャックの述懐とインタビュアーのツッコミが入る。基本はその繰り返しだが、この次章への導入であるオーバーラップが上手いので、当然読んでいて飽きもしないし、グルーブ感すら生まれる。各章の分量の長さは3〜4Pくらいと非常に短いが、これが適宜だと思う。
加えてそれぞれの語りが非常にいかがわしく、信頼できない*1。現在のジャックも、過去のジャックも、インタビュアーも。オチこそおぼろげに見えるものの、そこに至る落差の疾走感を楽しむというより、道中の不安定さを楽しむのが良いだろうと思われる。ジェットコースターに例えるなら、下りのカタルシスよりも昇りの緊張感を楽しむといったような。
そして、ギャグ。ミリアムの死亡シーンとかラストのオスカー像とプールとか。あんなシリアスな、それもプロットに密接に関わってくるシーンでこんな事するのは確信犯的なギャグだとしか思えない。副題が「狂気の喜劇」であることを考えると、これらはコメディともとれる。
というわけで、だいぶ楽しめたが、最後に少し不満を。
この本の売り文句である「狂騒、錯乱、哄笑」だが、それほど狂気と退廃が強い話か? というのが正直なところ。我々一般市民が下世話に想像する芸能界*2って下手するとこの作品より酷いと思うんですけど。枕営業とかドラッグとか。だから、ジャック・パインの半生を見ても、「こいつイカれてるなあ」とは思えず、「まあ映画スターなんてみんなこんなもんだよな」くらいにしか思えなかった。昨今のノワールなんかと比べてもちょいとおとなしめじゃないですか?
まあ、最後の不満は私個人の価値観に依るものが大きいと思われる。それさえ除けば、ハイレベルなリーダビリティとちょっとしたサプライズで一気読みさせる良い娯楽作品だと思う。
ネタバレ追記:帯に「酒とクスリに溺れる老優」って書いてあるけど、物語の始め、ジャックがセックスするシーンが16歳(P13)で、それが「25年前のこと」(P300)ってことはジャックは41歳。老優って言っちゃうほどの年じゃないよなあ。これが単なる編集部のミスなのか、それともクスリ漬けで介護が必要な中年を老衰で介護が必要な老人に見せかけるための引っ掛けなのかが判断つかない。どちらにしても、帯や裏表紙で嘘ついちゃいかんと思う。