刑事くずれ 蝋のりんご/タッカー・コウ

作者: タッカー・コウ, 大庭忠男
出版社/メーカー: 早川書房
発売日: 1973/04
メディア: 単行本


 引き続き古いポケミス。1197番。ウェストレイクの別名義による『刑事くずれ』シリーズの3作目。


 以前から『バカミスの世界』の紹介で気になっていたのでチェック。よっていきなり3作目から読んだ。ハードボイルドと本格ミステリの融合らしい。
 最近、他ジャンル+本格ミステリという作品を読みたかったので、『蜃気楼』で満たされなかった欲求を求めてみた。


 さて、本書における本格ミステリ的テーマは「狂人の内的論理」。精神病患者の医療施設で繰り広げられるいたずら事件の犯人と動機を探偵が推理する。
 

 ともすれば独りよがりなこじつけになりかねないのが内的論理。難しいテーマだ。そして、はっきり言ってこの作品はラストの解決編だけみれば見事なロジックとは言いがたい。しかし、そこに至るまでのプロットを含めた演出面がピカイチ。この点においてこそ、この作品は光る。


 本作の推理の大まかな流れは以下の通り。
 クイーン風の消去法+外的論理で犯人を追い詰めていったかに見えた探偵が、終盤の「とある手掛かり」を目の当たりにした途端、大失敗に気づく。そこで、内的論理を導入し、見事に難題をクリアーするというもの。

 
 その「とある手掛かり」以前と以降では、容疑者リストも推理に用いる論理も正反対。意識されたコントラストが非常に綺麗だ。このコントラストがあるからこそ、解決編の推理も際立つ。前半あってこその後半。お見事。オマケ程度の謎解き要素としては及第点を越していると思う。
 

 ハードボイルド風の語り口も非常に面白いんだけど、やはり希代のコメディアン・ウェストレイク。ギャグがそこはかとなく挿入される。
 無免許で探偵業を営む主人公が、どうやってその事(つまり、行政に許可をとらないで仕事を引き受けてしまったこと)を隠しとおすか依頼人と相談するシーン(15章)はすこぶる面白かった。
 

 「心霊研究というのはどうだろう?」
 「あなたは金をもらっていないということにしたら?」


 どこぞの名探偵ですか、あなたは。ここらへんはハードボイルドに出てくる職業探偵をおちょくっているようにしか見えなかった。15章の一連のやり取りは本編で一番面白いので必読だ。
 あと、ギャグに関してついでに言うなら、最初主人公がいたずらにかかったシーンもギャグかと思っていたら見事な謎解きの伏線だった。恐るべし、ウェストレイク。


 小説としても謎解きとしてもそれなりに楽しめたので、シリーズの他作品も探してみることにしようと思う。


 追記:最後にタイトルについて少し考察。
 作中でダンボールに敷き詰められたりんごは、精神病棟に閉じ込められた精神病者の例えとして用いられている。
 ここで、「蝋のりんご」=「精巧だが偽者のりんご」と考えるなら、これは主人公を指し示していると考えられる。捜査のために精神病者を装って侵入した、すなわち佯狂の主人公は偽者の精神病者だからだ。あるいは、退院してからも病棟に隠れ住んでいたデューイのことなのかもしれない。
 また、「蝋のりんご」=「火で炙られれば溶けてしまうりんご」ということで、精神的圧迫を受けて心を壊してしまった犯人のことだと捉えることもできる。
 どちらが正解か(あるいはどちらも正解、およびどちらも不正解)は作中では解明されない。しかし、何とも味わい深く、意味深なタイトルだと思った。