比類なきジーヴス/P・G・ウッドハウス

比類なきジーヴス (ウッドハウス・コレクション)

比類なきジーヴス (ウッドハウス・コレクション)


 ついに待望のP・G・ウッドハウスが刊行された。イギリスユーモア小説最大の巨人として、度々名を聞く事はあっても、なぜか日本では馴染み薄かったウッドハウス。これを機に日本でもブレイクしてほしい。


 さて、肝心の内容だが…読んでくださいとしか言いようがない。語り口の魅力、扇情的ではないがハラハラさせるプロット、一切ない下世話さ。これぞ完璧なユーモア小説。


 ついでに、『オーウェル評論集』(岩波文庫)の「P・G・ウドハウス弁護」も読んでおくことをお薦めする。理由はウッドハウス作品の文化的文脈を理解するには、やはり現代の日本人の独力では難しいから。


 たとえば、以下のような記述。


 ウドハウスが犯したほんとうの罪といえば、むしろ英国の上流階級を現実よりずっとりっぱな人間にしてしまったことなのである。(P295)

 作中、あれだけ自堕落に書かれている(と現代人なら思ってしまう)バーティーは、実は当時の上流社会に比べればだいぶ「りっぱな」人物であるという指摘。
 

 他にも、オーウェルはこんな指摘もしている。


 だが、バーティー・ウースターにはもう一つ、見逃してはならない問題点がある。すなわち、時代遅れなのである。(P295)
 つまり、ウッドハウス作品に出てくる上流社会は、当時のイギリス上流社会に比べて、いささかズレているということができる。ゆえに、ウッドハウス作品を正確な風俗描写に基づく時代風刺ととることはできない。むしろ貴族ファンタジー。だから、ファンタジーであることを楽しむべきなので、その放埓な想像力や脱力するようなユーモアをあるがままに楽しむのが良いと思う。ウッドハウスに限っては、性格の悪い皮肉なんてものは存在することはない。


 あと、もう一つ。この小説は、貴族の若旦那バーティーと有能な執事ジーヴスの2人が主人公であるけども、解説にもある通りこの2人は不可分。どちらが欠けても、この小説のアイデンティティーは失われる。見落としがちだが、ジーヴスの有能さだけならず、バーティーの人物的魅力こそ、この小説の二大財宝の一つだから。もちろん、脇役のキャラ立ちもすさまじい。


 ミステリー要素こそあるものの、あくまでユーモア小説なので年末の各種ランキングに名を連ねることはないと思われるが、今期最大級の傑作であることは言うまでもない。全読書人必読だと思う。教養とかそんなんじゃなしに面白い、というところが良い。訳者にも恵まれているし*1

*1:「ハロー」を訳さずそのまま連呼させるところとか非常に上手いと思う。