本格的/鳥飼否宇

本格的―死人と狂人たち (ミステリー・リーグ)

本格的―死人と狂人たち (ミステリー・リーグ)


 最初に断言、これはケッ作。大笑いさせてもらった。こんなに笑ったミステリは久しぶりだ。なんでこんなに面白いのかを考えてみようと思う。


 本書を手にした瞬間に誰もが目に付くのが、まずその変なタイトル『本格的』である。「本格」ミステリではなく、「本格的」ミステリと謳っているのだ。これが、作品の出来の悪さを自虐的に嘲笑ったものなのだったら嫌悪感を覚えたかもしれないが、読んでその意味するところがわかったときには非常に爽快。


 この「本格」ミステリと「本格的」ミステリの違いとは何だろうか。本書の登場人物の一人、変態天才教授・増田の台詞にヒントがありそうだ。



 いいかね、科学の発展は、論理の飛躍によってもたらされているのだ。(中略)いやむしろ、データから理論を生み出す際に最も大切なのは、飛躍だとすら言ってもよい*1。(P82)


 これは、事件の真相を看破したと言い張る増田の台詞である。つまり、真理に対するアプローチの姿勢こそが「本格」と「本格的」の差異であることが推測される。つまり、論理の過程を丁寧に追っていき、全てのプロットを接続するのが「本格」だとするなら、途中のいくつかのプロットをジャンプしてしまうのが「本格的」であるようだ。


 そして、どうもこの作品の面白さは「本格」と「本格的」のズレに起因しているように思われる。
 

 第一講「変態」では「本格的」な思考の飛躍を用いた増田と、「本格」として着地した真相の激しいギャップが描かれる。幾多のアンチミステリ作家が大マジメに題材として取り扱ったネタが、しょうもないギャグの対象に。作品コンセプトをもっとも前に押し出した短編でもあるので、一番理解しやすく、笑いやすい。これを巻頭にもってきたのは吉かと。


 第二講「擬態」は度肝を抜かれるような前代未聞のある「趣向」がとにかく笑える。ダイイングメッセージの亜種*2とも言えるこのネタはミステリ史上最大のダイイングメッセージと言う事もできる。何が凄いかは読んでのお楽しみ。期待は裏切らないと思う。亜種とは言え、ダイイングメッセージなので、とにかく解釈のジャンプが飛び交う。そこにロジックなど存在しない。もはや駄洒落。しかし、ネタの尺度が巨大なので怒るに怒れず、読者は笑って許すのみ。集中ベストの一篇。


 第三講「形態」も変わり種。物語はごく普通に本格の文脈で進行し、普通の本格ミステリとして着地するかと思っていたら、いきなりどんでん返しが起こって着地させてもらえない。で、また物語が進行し、今度こそと思ったら、またどんでん返しで着地失敗。その繰り返しで永遠に「本格」として着地できないんじゃないかと思っていたら、ラストに思いもかけぬフィニッシング・ストロークでガツンとやられる。


 ラストの前期試験、および補講も秀逸。アンチ・「本格ミステリとしてのハッピーエンド」*3


 まともな話など何一つないが、外しっぷりの徹底が凄い。傑作*4

*1:そして、真相を知った読者はこの台詞の恐るべき暗喩に爆笑してしまう。鳥飼、恐るべし。

*2:ちょっと違うような気もするが、「死に際して犯罪を告発する意図で書かれた」という拡大した定義でならばダイイングメッセージの亜種とぐらいは言えるんじゃないでしょうか。

*3:当然、あの終わり方を額面通りに受け取ってはいけないわけで。

*4:なんか最近、傑作という言葉を大放出してるなあ。全体的に作品評価がちょいと甘すぎるかも。以後、気をつけようと思う。