天啓の殺意/中町信

天啓の殺意 (創元推理文庫)

天啓の殺意 (創元推理文庫)


 
 結構面白く読めたのだが、実はメインのネタは個人的にいけ好かない部分がある。(以下ネタバレ)この小説の一番大きな仕掛けは、「実はプロローグと解決編以外は全部作中作なので、真犯人は現実では別の行動をしていました」という部分で、これによって意外な真犯人を創出している。この仕掛けを成立させるためには、作中作の出来事と現実の出来事がほぼ一緒でなければならないわけだが、柳生が作中作『湖に死者たちの歌が』を書き上げたあとの出来事(つまりP62以降の展開と同じ出来事)が、一部の例外(明日子の行動に関する記述とか)を除いてそっくりそのまま現実で起こるというのはちょっとご都合主義めいたものを感じてしまう。一応、柳生によるマニピュレートの結果という説明がされているのでそこまでは許容範囲内。楽しく読んだ。しかし、「作中作で明日子が事故にあった」ことと「現実でも明日子が事故にあった」ことの偶然の一致は少しいただけない。おそらく明日子が犯人であるという事実から読者を遠ざけたいという思惑から書かれたのであろうが、これはやり過ぎなのである。面白い面白いと思っていたトリックにケチがついてしまった感じ。(ネタバレここまで)。
 
 とはいえ、ミスディレクションの応酬で読者の意識をどんどん閉じ込めてゆく手際などはやはり秀逸。「なぜ寿司を手掴みで食べたのか」みたいな誰でも解答に辿りつけるようなネタをわざとぶら下げて、メインのネタから意識を遠ざけるというのは巧いと思った。
 
 ここまで手の込んだ騙しを見せてくれる作家はそうそういないので、多分次のリニューアル作品が出ても読む。

 
 追記:上記のメインのネタにおける欠点(伏字箇所のラスト6行)は筆者の勘違い。作品に、作者に、読者に申し訳ない。すみません。(4/30)