おれの中の殺し屋/ジム・トンプスン

おれの中の殺し屋 (扶桑社ミステリー)

おれの中の殺し屋 (扶桑社ミステリー)


 たまたま旧訳版で読んでいなかった。だから今回の新訳&文庫落ちは素直に嬉しい。

 理由のない正義*1は、理由のない悪と同質であり、主人公は善悪聖俗の境界線を軽やかに飛び交う*2。いわゆるトンプスン節が最高潮に高い作品だと思う。プロットも語りも作者の人間観と完全なシンクロを果たし、素晴らしい完成度を誇っている。この作品をトンプスンの最高傑作に挙げる人が少なくないことに関してほとんど異論はない。特に語りの存在感。これが本当に凄まじい。


 この度の新邦題が最悪であったり、よく練られているがゆえに尖った部分がないといった文句くらいは出てくるかもしれないが、それはもはや言わぬが華。


 作家ジム・トンプスンを知る最適な入門書*3の一つだと思う。安いんだし、新訳だし、扶桑社海外文庫千点突破記念なんだから、未読の人は黙って読むべし。

*1:主人公は街の治安を預かる仕事に携わっている

*2:ゆえに私は、この作品を暗黒小説と括るのに違和感がある。「黒」であると同時に「白」でもあるわけだから。

*3:その作家生活ゆえ、我々がまだ全貌を把握できていない可能性もあるけど。