愚か者の祈り/ヒラリー・ウォー

愚か者の祈り (創元推理文庫)

愚か者の祈り (創元推理文庫)


 家庭ある若い刑事が、たまたま被害者が美人だったために彼女に心を捕らわれ、制止する上司の諫言も聞かず、彼女が心清らかな乙女であることを証明しようと奔走し、彼女の空白の五年間を埋めていく。そんな話。
 と書くと語弊があるだろうか。いや、そんなに本質は違わないはず。刑事の執念―作中では「愚か者の祈り」と揶揄されるほどの―は被害者の横顔を浮き彫りにしていき、ついには真実に辿りつく。


 以下久々のネタバレ感想*1
 →被害者に聖女を見出し、それを証明するために様々な手段を用いるマロイの推理法はどこかストーカーを彷彿とさせる。つまり、犯人(彼もまた早すぎた*2ストーカーであった)とマロイは精神的双子を疑われかねないほど、被害者という一点において強く結ばれている。チェスタトンじゃないが、「狂人を理解できるのは狂人」。マロイが終章で披瀝した推理(主に動機面)も、犯人の思考をトレースできるがゆえの帰結である。
 ストーカー犯罪、そしてそれに対抗する心理捜査。ウォーは五十年代にして、この現代的意匠を用いているのである。ここは大いに評価すべきなんじゃないだろうか。当時の最先端を行くハイテク警察小説。凄い。
 ついでに、ストーカー繋がりでビル・S・バリンジャー『煙で描いた肖像画』を思い出した。あっちは聖女探求の旅はとんでもない終着を向かえるけど。
 

 というわけで、今年出た海外作品ではわりと上位に食い込む作品だと思う。すでに古典に属する作家だからといって軽んじることなかれ。

*1:それにしても久しぶりだ。やはりこれをやらないと思ったことをズバズバ書けない。文才の無さがゆえの業だ。

*2:時代はまだこの概念を持て余していたと思われる。