少女には向かない職業/桜庭一樹

少女には向かない職業 (ミステリ・フロンティア)

少女には向かない職業 (ミステリ・フロンティア)


 桜庭一樹どころかライトノベルにも疎い私だが、創元の新刊案内でプッシュされているので手にとってみた。


 冒頭からいきなり殺人者を自らの「職業」とのたまってしまう主人公。実を言うとこのノリは苦手だ、と最初は思った。しかし、読むに連れてプロローグの独白が反射神経的に生まれたものではないように感じられる。


 作中、主人公たちが用いる殺害トリックは「つくりものめいた」、あるいは「本格ミステリの古典にインスパイアされた」ものであり、時代にもそぐわないし、ツメも甘い。作中でもその拙さは度々、主人公たち自身によって語られている。どこか遊びめいた、エクスキューズの感は否めない。


 このエクスキューズは主人公たちの「立場」に起因している。
 中学生である自分、親に扶養してもらっている自分、女である自分。これらの役割は桎梏となり、結果プロバビリティの犯罪やアリバイトリックなどという手段に走ってしまう。


 元来、本格ミステリは相手を殺したい、けども自分は捕まりたくないというエクスキューズによって成り立ってきた。殺人がときに手段であったり、目的そのものであったりといった差異はあれども。


 しかし、本作の主人公たちは殺人をそう捕えるほどの余裕も与えられていない*1。殺らなければ殺られるという状況から必然的に殺人を要求されている。ならば、殺人を生業と言わずに、他に相応しい言葉があろうか。タイトルの、そしてプロローグの「職業」発言は適切であるといわざるをえない。


 以下ネタバレ。
 →主人公が最後に選んだバトルアックスで殴殺という手段は、非常に成人的・男性的である。また、トリックで逃げようとせず殺害後に自供という潔さからはエクスキューズは微塵も感じられない。つまり、主人公たちがあらゆる関係性の桎梏から解放されたことを意味している。葵が静香に感じていた恐怖もこの時点で拭われたのもポイントだろう。そして、同時に本格ミステリであることからも解放されてしまった。


 かくして、桜庭一樹は格好付けで登場人物に殺人を「職業」と名乗らせたのでもなく、おざなりで安っぽいトリックを散りばめたわけでもないことは明白だ。思ったより思索の深い作家なのかもしれない。私は楽しめた。


 追記:ところで裏表紙の著者プロフィールの「本書は著者が満を持して放つ初の一般向け作品」という文章はどのような意図から書かれたものだろうか。前述したようにライトノベルに非常に疎いので、こんなことを言う筋じゃないのは承知だが、ライトノベル読者≠一般人という風に見える事に引っかかりを感じる。

*1:作中に引用されるリチャード・ハル『伯母殺人事件』の主人公とは対照的だ。彼は自分の生命線を脅かされる事のない立場にいながら殺人を行おうとしたのだから。