法月綸太郎の本格ミステリ・アンソロジー/法月綸太郎編

法月綸太郎の本格ミステリ・アンソロジー (角川文庫)

法月綸太郎の本格ミステリ・アンソロジー (角川文庫)


 以前に刊行された有栖川、北村の同シリーズアンソロジーが非常に面白かったので、今回も非常に期待し、結果全くそれは裏切られなかった。ちなみに既読はボルヘスのみ。


 中でも特に面白かったのは「ミスター・ビッグ」、「ひとりじゃ死ねない」、「偽患者の経歴」あたり。この3作あたりを取り上げて感想を書いてみよう。


「ミスター・ビッグ」ウディ・アレン
…ハードボイルドとは不在が生んだ物語である、とは誰の弁だか忘れてしまったが、それを極端化するとこうなる。パロディとして紹介されているが、私はこの作品をおふざけで読む事があまりできず、素直に傑作だと感心してしまった。極端化の精神はパロディに至る道のみならず、傑作への道でもある。過去の巨匠達による傑作群はみな少なからずこういう精神を持っていると思うのだけど。
バカミスは嫌いじゃないし、それを賞賛する人も否定しないが、稀有な視座や壮大な空想を持った作品ならばなんでもかんでもバカミスの一括りで呼称する風潮は少し嫌である。


「ひとりじゃ死ねない」中西智明
…この作品に関してどこがどう面白かったかを語るのに、ネタバレ有りじゃなきゃ辛い。というわけで、以下ネタバレ。
(発想の馬鹿馬鹿しさのせいで奇抜に見えるが)オレ=麗美という叙述トリックだけに注目するなら、同じ程度の水準の作品は他にもあるだろう。
 しかし、「ひとりじゃ死ねない」はこのメイントリックを支えるミスディレクションが非常に巧い。作者は中橋優紀の性別に関する描写(地の文で彼/彼女を使用しないとか、どちらともとれる口調とか)を徹頭徹尾排除したことによって、ちょっと叙述トリックに詳しい読者に「ははーん、中橋優紀の性別誤認トリックだな」と思わせることに成功している。恋愛絡みの事件であること、わざとらしく「オレ」などと犯人に独白させていることも加わり、この偽の叙述トリックに引っかかった人は多いんじゃないだろうか。
叙述トリックを装いながらそうではないことが、逆説的に第2の叙述トリックになっている。国書刊行会の世界探偵小説全集の某作なんかと同じ。
←ここまで。
 以上の理由から非常に感じ入りました。アレが来るとわかっていながら、構えた人ほど騙されるというマニア殺し的なところはミス研出身者ならではのツボの押さえかた。


「偽患者の経歴」大平健
…上述2作品はこのアンソロジーでなくとも、いつかは出会っていたかもしれない。しかし、この作品(?)だけは法月綸太郎がいなければ一生出会うことはなかったろう。これぞアンソロジーの醍醐味。
 「実話である」という事実が事前に提示されている背景こそあれど、読者が感じる並々ならぬ緊迫感は非常に良い感じ。探偵VS犯人という図式を医者VS患者そのままスライドした結果…というオチも非常によい。「事実は小説より奇なり」なんていう陳腐な言葉じゃ片付けられないものがある。実は個人的集中のベスト。


 他にも「はかりごと」や「脱出経路」なども非常に面白かった。マニアックさも保ちつつ、教科書的な構成を保っている点もグッド。今年の出版物の中でも指折りの傑作アンソロジー