悪女パズル/パトリック・クェンティン

悪女パズル (扶桑社ミステリー)

悪女パズル (扶桑社ミステリー)


 これは良い本格ミステリを読んだ、という気分にさせてくれる稀有な作品。

 伏線一発によるトロンプ=ルイユ*1系の解決は事件構造の大掛かりな逆転のみならず、とある登場人物像、ひいては本書で提示された「不幸な結婚」までもを何重にも覆す。まさに「おお、トロンプ=ルイユ!!」というフレームで魅せる解決である。
 夫婦探偵の先駆であるアガサ・クリスティーのおしどり探偵や、クレイグ・ライスのジャスタス夫妻(探偵はマローンだけども)に比べると、ややおとなしすぎるきらいこそあるものの、解説を見るかぎり他の作品では一癖も二癖もありそうであり、判断は保留したい。


 また、福永武彦風に言うなら、この作品のミソは各章題である。
 以下ネタバレ。
 →実はこの作品の主な登場人物は、全て何らかの婚姻関係を持った人である。最初は(主人公夫婦を除き)3組だけかと思われていたのに、物語が進行するとともにロレーヌがフライング結婚していたことが判明し、チャックが重婚していたことも判明する。つまり各章題に挙げられた女性達は単なる「被害者つながり」だけに留まらず、「不幸な妻たち」という意味も持ったダブルミーニングになっているのである。何とも洒落ているじゃありませんか。←ネタバレここまで。


 本格ミステリの収穫の一つといってもよいかと思われる。ジル・マゴーン『騙し絵の檻』が好きな人なんかには薦められる。


 追記:ラストの秀逸なオチは、グレアム・グリーン『負けた者がみな貰う』の「なかなか来ない待ち人」を彷彿とさせて思わず笑ってしまった。両作品の間に因果関係はないのだろうけど。

*1:騙し絵のこと