空白の殺意/中町信

空白の殺意 (創元推理文庫)

空白の殺意 (創元推理文庫)

 
 創元の中町信・改稿決定版シリーズも第3弾である。今回は『高校野球殺人事件』の改題。
 
 題材は甲子園だが、白熱した試合描写も無ければ球児達の青春グラフィティも無い。代わりに前面に押し出るのは大人達の名声欲や利権争い、愛欲のもつれだったりする。この辺はいつもの中町信であり、期待通りといえば期待通りなのだが、「生来の野球好き」*1を標榜するならば食いつき足りないとも思う。
 むしろ高校を「旧家の一族」、甲子園出場権を「遺産相続権」に置換してみるとロジャー・スカーレット『エンジェル家の殺人』みたいな話であることに驚き、換骨奪胎とはこういうことかと実感した。

 お話がお話なので、物語に登場する3つの高校の陣営が入り乱れて大騒ぎし、なおかつ警察や被害者の家族まで出張ってくるので、視点人物の転換はいつも以上に混乱を極める。この狂奔はある意味では面白く、警察小説の香りもほんのりとしなくもないが、それでもやはり終盤になるまで誰が探偵役なのかすらわかりにくいというのはマイナス点。
 
 一方で謎解きの方に目を向けると、中町の十八番である例の趣向は今回も冴えている。非常に丁寧で巧い。最初に読んだときは、「マニアならともかく、一般人の読者にはこの凄さは伝わりにくいかもな」と思ったが、よくよく考えてみると解決部でわざわざリフレインさせているから、そうでもないかと思いなおす。フェアである事を強調したいという姿勢がビシビシと伝わっており、作者にとっても愛着のあるトリックと見うけられる。
 が、本の造りに欠点がなくもない。
 以下ネタバレで不満。
 
あの登場人物表はどうにかならなかったのだろうか。2時間ドラマのキャスティング表並みに犯人バレバレじゃないですか?『皇帝の嗅ぎ煙草入れ』へのオマージュである事が喧伝されている以上、勘の良い人には一瞬でバレてしまう。何より致命的なのは折原一の解説文の「「プロローグ」を読み返すと、じわじわと感動が湧き起こってくる。」という一文。せっかくの小粋なトリックが非常にもったいない。
 
 『模倣〜』、『天啓〜』ほどの派手さはないが、中町信の燻し銀の職人気質に惚れ込んだ人なら非常に気に入るだろう。次回も期待している。

*1:創元推理文庫版297Pより。